飯久保廣嗣 Blog

良し悪しは別にして、日本人は、完璧を追求する傾向が強すぎるのではないでしょうか。例えば、企画立案に対して、それをチェックする立場の人は常にこう念を押します。「この案で問題はないよね。完璧だよね」と。

これは何を意味するかというと、法律なり、計画なり、戦略が“完璧”であれば、その実行段階において問題は起きない――。そういった“神話”が、日本人の中に今も根付いているのではないかということです。問題が起きないと断定し、そこから先を考えないという「思考停止」に陥るのが、典型的な発想パターンといえます。

ところが実態はどうでしょうか。どんな完璧と思われる計画でも、その実行段階において、「問題は起こりうる」というのが現実ではないでしょうか。そこを直視しなければならないと私は思います。

なぜこのような日本的神話が定着したのでしょうか。その一つには、計画の立案者のプライドやメンツを傷付けないために、完成した計画を他人が精査することは許されないという、極めて日本的な発想があろうかと思います。立案者が、製品を「完璧に設計した」と言ったならば、それにケチを付けるのも気が引けるので、そのまま製造に回し、出荷する。計画が完璧なハズなので、そこには市場で事故が起こるという発想はありません。

しかし、実際に事故は起きる。そして、総力を結集して対応し、問題解決に当たる。日本の事故の多くは、この繰り返しだったといえるでしょう。

まずこの発想からの脱却すること、つまり「問題は起きない」から「問題は起こりうる」という発想への切り替えが必要ではないでしょか。「問題は起こりうる」と思考を一歩踏み込めば、発生時の影響の最小化など問題への対策を予め考えることにつながります。この「思考継続」が、非常に重要だと、私は思うのです。